唐津人形浄瑠璃保存会
活動報告
平成29年(2017年)から令和5年(2023年)12月までの
活動報告につきましては、
こちらからご覧下さい。




 新たな年を迎えて
 竹本鳴子太夫の想い 

年明け早々、お屠蘇気分に浸っていた時、トランプ大統領によるベネズエラ侵攻という、衝撃的なニュースが飛び込んで来ました。
ロシアによるウクライナ侵攻も収束が見えていない世界。
「平和こそ、平和こそ」と、今年も祈るばかりです。
私が小学生だった頃、今は亡き兄達の楽しみは、ラジオで野球の実況を聞きながら大声で応援することでした。
興奮して応援をしていた兄達の姿が小学生だった私は嬉しくて、とても幸せな気分になってたっことを思い出します。
穏やかで何気ない日常が、大切なものだと改めて思いを強くした年明けでした。

以下は、私がこれまでに出会った話です。


「野村克也氏の心に響く言葉」から
私は、自らのことを間違いなく「弱者」だと思っている。
人はいろいろと言うかもしれないが、自分の人生を振り返ってもやはり私は弱者だ。
プロ野球の世界で選手としても監督としても実績を残すことができた。だが、これは私が強いからではない。弱者であるからゆえ、いつの時もおごらずに謙虚になることができた。
それが、結果につながった。弱者こそ、最後に勝つのである。
そもそも、私が自分を弱者だと思うその原点は、幼少期の経験にある。私が生まれ育った京都の田舎の家は、とにかく貧乏だった。想像を絶する貧困家庭。
父親は私が2歳の時に亡くなり、兄と私の二人を体の弱い母親が女手ひとつで育ててくれた。
戦後直後で、もともと食料もない時代。まさに絵に描いたような典型的な田舎の貧乏一家で育ったのだ。
だから、とにかく貧乏から脱却したい、そのためにはどうしたらいいのか、どうすれば金持ちになれるのか。 子供の頃はそんなことばかり考えていた。
それで中学では野球部に入って、とにかく必死に打ち込んだ。野球を極めれば、プロになれる、金持ちになれる、貧困から脱却できる、と思って。高校は峰山高校で野球に取り組んだ。
とは言っても、峰山高校野球部は、当時部員は12人くらいしかいなかったし、結局私のいた高校3年間で甲子園の京都府予選に一度勝っただけという典型的な弱小高校。プロのスカウトが見にくるなんてことはもちろんあり得ない。あまりにも弱いから、一度潰されそうになったこともあるくらいだ。そんな経験を子供の頃からしていると、やっぱり何をしていても良く言えば謙虚、悪く言えば卑屈になってしまう。貧乏性が体に染みついているのだろう。
その後、運良くテスト生でプロに入っても、成功できるなんて夢にも思わなかったし、田舎の高校を出ただけの自分が監督になれるとも思わなかった。自分が強いとは、とてもじゃないけど思えない。でも、結果としてそれが良かったのかもしれない。
自分が強いと勘違いしてしまったら、そこで努力をしなくなるし成長は止まってしまう。頭を使って工夫しようとすることもなくなるだろう。貧乏性がゆえに、いつも謙虚に努力して工夫をすることができた。
それが、プロ野球の世界で長くやれたことにつながっているのだと思う。やはり、弱者は最後に勝つ。
もっと正確に言えば、弱者だから謙虚さを忘れず、努力を続けることができる。だから最後に勝てる。
それは今の若い選手たちにも忘れてほしくないことのひとつだ。

「弱者の流儀(ポプラ社)/著 野村克也」から
松下幸之助氏の有名な言葉がある。
「私は貧乏で、体が弱くて、学歴がなかった(中卒)、だから成功できた』
普通の人なら、その正反対のことを言うだろう。
「弱者だからよかった」、「貧乏だからよかった」というのも同じ。逆にいうと、天性の素質や才能がある人は、そのことに慢心して傲慢になったりして、努力をしなくなるし、お金持ちの家に生まれ、なに不自由なく育ったとしても、それは同様だ。
人生は、困難なことや、厄介ごとが、その人の魂を磨き上げる、砥石や磨き砂となる。
ただし、その困難なできごとにたいして、愚痴をいったり、不貞腐れたり、卑屈になってしまったら、魂の成長はマイナスとなる。「弱者だからよかった」と言える人でありたい。

「「西沢康生(やすお)氏の心に響く言葉」より
大谷は、こんなことを言っています。
「勝つか負けるかの微妙なラインは、『人間性』や『運』などの微妙なところで左右されると思う」
つまり、実力や、勝とうと思う気持ちの強さが同じなら、最後はその人の持っている人間力とか運の強さが勝負を分けると…。
「運の大切さ」を知っているからこそ、大谷は、「運を高める行動」を、「当然のように」実践しているのです。
大谷が作成したマンダラチャートを見ると、野球に関する体力や技術に関する要素のほかに、「人間性」「メンタル」、そして「運」という3要素が含まれていて、いかにも大谷らしいと感じます。
そのなかの「運」を高める行動のひとつが「ゴミ拾い」です「なぜ、グラウンドに落ちているゴミを拾うのか?」と聞かれたとき、大谷は、こう答えています。
「他人が落とした『運』を拾っているんです」

「大谷翔平はなぜ、壁を越えられるのか?」
  (光文社/著 西沢康生)」から

鍵山秀三郎氏は、「だれにでもできる簡単なことを、だれにもできないほど続けてきた」という。
だれにでもできることとは、たとえば「ゴミ拾い」「読書」「練習」「挨拶」「掃除」等々。
どれも、すぐに成果の出ないことだ。
特に、大谷翔平選手の練習量は半端ない。
「ストイックというのは、練習が好きではないというか、仕方なく自分に課しているイメージ。
(でも自分は)そうではなくて、僕は単純に練習が好きなんです」(大谷翔平)本書より
大谷翔平の運の高め方‥
「他人が落とした『運』を拾っているんです」
運は、「すぐに成果のでないこと」を黙々と続ける人にやってくる。運を高めることができる人でありたい。

※ 西沢康生
中学生の時からクイズ王に憧れて雑学を得続け、さまざまなエピソードや名言に精通。「大谷翔平はなぜ、壁を越えられるのか?」の著者
※ 鍵山秀三郎
実業家で「日本を美しくする会」の創唱者でもあり、トイレ掃除を素手でされていました。



 ゆめさが大学唐津校での講座(公演)
(12月18日)


令和7年の最後の公演となりました「ゆめさが大学唐津校講座」を盛況裡に開催することができました。
「ゆめさが大学」は、高齢になっても様々な事に挑戦し仲間と楽しく交流できる場所を提供することで生きがいを感じ、その力を社会活動に活かしていただくことを目指している場所です。
そこで、この公演は「ゆめさが大学」の講座の一つとして開催されたものです。
講座(公演)は、今回も客席から手を振って迎えていただきました。
浄瑠璃や舞踊を鑑賞するだけではなく、伝統文化の話を聞き、実際に触れることで、身近な存在であることを実感していただきました。
この講座(公演)は、唐津校だけではなく、佐賀校大学院からも講座(公演)の依頼を受けています。
観る者、演じる者とは、世代が同じ、志しも同じだからでしょうか。
このようなご縁で、今年の締めくくりにこの講座(公演)を開催することができたことに感謝申し上げます。
新しい年を迎えるにのあたり、これからも心豊かな潤いのある地域を目指し研鑽を積んでまいることを誓います。
来年も引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。

※ ゆめさが大学唐津校からお礼のメールをいただきました。
本日は、ゆめさが大学のご講演(公演)、誠にありがとうございました。
生徒からは、
「先生方の素晴らしいご講演(公演)を拝見出来て、大変嬉しかった。」
「実際にお人形に触れることが出来て、嬉しかった。」
といった声が上がっており、大変好評でした。
準備等、いつもご負担をおかけしておりますが、今後とも引き続き、どうぞよろしくお願い致します。



 

 伊万里市立東陵学園での公演 
(令和7年12月9日)

「佐賀県はじめてのまなび応援事業」で、伊万里市立東陵学園へ人形浄瑠璃の公演に行ってきました。
東陵学園は、本年(令和7年)に開講したばっかりの義務教育学校です。
「義務教育学校」とは、従来の小学校・中学校のように学年や校舎の区別にとらわれず、9年間を「1年生から9年生」として連続性のある教育を行う学校です。
そこで新しく誕生した東陵学園では、
「心身ともにたくましく 情操豊かに未来を拓く生徒の育成」
~主体性(気づき・考え・行動する)を高めることを通して~

を掲げて未来の地域を支える人材を育まれています。
公演には全学年(9学年)200名を超える生徒さんが集まっていて、見たこともない舞台の前で待っていました。
初めて見る舞台の様子に戸惑いを感じられましたが、私たちに親しみを持った家族のような雰囲気がありました。
公演中は、生徒たちの素直さ、心の芯から熱心に話しを聞いている姿勢に、演じる者が感動するほどでした。
公演では浄瑠璃を演じるだけではなく、浄瑠璃にまつわる話もさせていただき、最後は浄瑠璃を語るのに必要な腹式呼吸まで教えることができました。
盛り沢山な内容でしたが、あっと言う間の楽しい公演・講義でした。
東陵学園の校長先生をはじめ先生方は、休みや出張を変更してまでご覧いただき、心から感謝申し上げます。
また公演後にはお礼のメールまでいただき、保存会が目指す「潤いのある地域づくり」に微力ながらも貢献できたことに実感することができました。改めてお礼申し上げます。
※ 失礼ながら、いただいたお礼のメールを掲載させていただきます。

※ 東陵学園からの御礼メール
今日は、はるばる東陵学園までお越しいただき、素晴らしい公演を見せていただきまして、ありがとうございました。
子どもたちは、生で見る伝統芸能に大変心を動かされたようで、義太夫の語り、三味線、人形の動きの一つ一つに目を輝かせていました。
実際に本物を触る体験もあり、今日の公演は、きっと、一生の宝物になったことと思います。
どうぞ皆様、お体を大切に、永く、この浄瑠璃を継承して頂きますように、応援しております。

※ 佐賀県まなび課からの御礼メール
昨日は、東陵学園での、はじめてのまなび応援事業開催ありがとうございました。
準備から大変だったと思いますが、本当に感謝致します。
今日、初めて人形浄瑠璃を間近で鑑賞しました。
行ってよかったと正直思いました。
ありがとうございました。

 

 鳴子太夫の呟き 

過酷な労働に耐え、明治の富国強兵政策を底辺で支えた無数の少女達の哀史を描いたノンフィクション「あゝ野麦峠」の作者は、山本茂実。
この筆者が言うには「あゝ野麦峠」を書けたのは大学に行ったからではない。
小学校の時から長男として一家を支えるため、肥溜めを運び、リヤカーで野菜など売り歩いた経験があるため。
敗戦間もない日本に、ひとすじの灯をともした人生記録雑誌「葦」を創刊したときには、12年間ずっと、もみくちゃにされ、その苦しい時代があったお陰で人の心の美しさ汚なさを身をもって体験し、人間性の真実を知り何が幸せかを学んだとのこと。
その苦しい時代がなかったら「あゝ野麦峠」は書けなかったと。
私の苦労の一つに、小学校1年の時から家計を助けるため、姉と一緒に新聞配達をしました。
昔は飼い犬は繋がれておらず、姉と2人で追っかけて来る犬から死に物狂いで逃げ、走りました。
私も小さい頃から、働いた苦労のお陰で今日があると思っています。 やっぱり、これまでの経験に感謝ですね。

 

 大隈苓子さんに感謝 

大隈苓子さんは、50年以上、ニューヨークに暮らしていらっしゃる方です。
音楽をこよなく愛され「究極の歌姫」アリア・カラスの弟子に師事されたとのこと。
このような苓子さんとの出会いは、8年前の保存会のニューヨーク公演。
それ以来、交流を続けるにつれて浄瑠璃に魅了されたようです。
そのためでしょうか、義太夫の会を世界の会にしたいと思っていらっしゃいます。
そこでまずは、ニューヨーク公演の会場をもっと広い会場でと動き出されています。
このような思いを抱いて、今回の義太夫の会に出演していただきました。
高齢にもかかわらず、心に染み入るような透き通った歌声で、会場に花を添えていただきました。
一方、ニューヨークからはるばる御出でいただいた苓子さんは「家族のもとに帰って来たようで、義太夫の会に来て元気が出ました」とのこと。
これからもお互いを励まし合いながら、より住みよい世界になることを願い頑張っていきたいものです。

 

「義太夫の会」を終えて


今年の「義太夫の会」も老若男女、多くの方々にご来場いただき盛会裏に終えることができました。改めてお礼申し上げます。
出演していただいた子どもたち、会の開催に際しお手伝いしていただいたスタッフの皆さまにも、重ねてお礼申し上げます。
お蔭をもちまして、多くの方々に日本の伝統文化を楽しんでいただけたようです。
特に鳴子太夫においては、子どもたちやスタッフの皆さまが「神さま、仏さま」に思えたようです。
義太夫の会の開催の4ヶ月前、鳴子太夫の弟さんが入院され、その看護などで毎日、病院通いをしながらの稽古や準備。
そのため、得心がいかない状態で義太夫の会を迎えたとのこと。
しかしその杞憂には、見事に裏切られたことが「神さま、仏さまのお陰」と言わせられたのでしょう。
その影には、太夫の生徒たちや保存会のメンバーの頑張りがあったと自負するところです。
この「義太夫の会」を機に、これからも地域に根付いた伝統文化を通して、潤いのある地域づくりに貢献できるよう保存会一同、気を新たにしました。
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「義太夫の会」開催しました。

ここをクリックすると「義太夫の会」の様子を写真でご覧いただけます。

 

「義太夫の会」のパンフレット 
出来上がりました 



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 義太夫の会のチラシ 

唐津くんちも好天に恵まれ賑わいのうちに挙行され、初冬を感じさせる気候になり「義太夫の会」の開催が近づいている時節を感じられるようになってきました。
この時節に義太夫の会のチラシが出来上がりました。
今年の義太夫の会も様々な催し物が繰り出されます。
博心館や肥前小学校の子どもたち、北原人形芝居保存会、今津人形芝居保存会の皆さんが、この日のための準備に熱が入ってきています。
唐津人形浄瑠璃保存会も、ご来場の皆様に喜んでいただけるよう稽古に励んでいます。
多くの皆様のご来場をお待ち申しげます。

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 公演のお知らせ 

    12月9日(火)13時40分
      伊万里市立 東陵学園(県はじめての学び応援事業)

    12月5日(金)
      鬼塚小学校/なしておんつか上演

    12月18日(木)13時00分〜15時00分
      ゆめさが大学 唐津校/りふれホール
    
 

「なしておんつか(鬼塚)」に向けて 
 12月5日開催予定 


「なしておんつか」は、右の資料にあるように、鬼塚小学校で平成18年「鬼塚こども歴史探検隊」を始まりとし、その後、変遷を繰り返しながら、平成22年に「なして、おんつか?」人形劇が完成したそうです。
人形や人形の衣装、わらじの制作、舞台の道具や看板制作など、保護者や地域の方、卒業生や唐津工業高校生など多くの方々の協力があったようです。
唐津人形浄瑠璃保存会も、この頃から演技指導などのお手伝いをさせていただいています。
今年も12月の開催に向けて稽古が始まりました。
初めて鬼塚小学校に行った時、5年生(現在は3年生)の子どもたちの何とも言えない素直さや純真さに心打たれました。
男の子は、子どもながらも昔風に言えば「男気」があり、その子どもたちが中学生になっても「先生、鬼塚中学校にも来てよ」と、言ってくれます。
嬉しくて、その時の楽しい想いは忘れることができません。
また、この「鬼塚(おんつか)」は、鳴子太夫にとって、落盤事故で片腕をなくした亡き父が自転車で新聞配達をしていたことを蘇らせられるようです。
このように鳴子太夫をはじめ保存会メンバーは、鬼塚小学校の伝統が人の心を動かし、その感動が伝統として繋げていただける幸せが身に沁みます。
栗本校長先生を始め、諸先生方、保護者の方々に感謝申し上げます。
また、改めてこのご縁をいただいた、落合裕二さま(元佐賀県副知事)、田原優子さま(元小学校校長)に感謝申し上げます。
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 今津人形芝居定期公演が開催されました 
(令和7年10月19日)

「今津人形芝居 第28回 定期公演」が、西部地域交流センター「さいとぴあ」(福岡市西区)で開催されました。
 今津人形芝居は、江戸後期に「大原繰り人形」から道具一式を譲り受け、明治24年に恵比須座として創設されたことを起源とされています。
現在は、福岡県の無形民俗文化財に指定され、座員の皆さんは、仕事を終えたあと、三々五々集って稽古に励んでいらっしゃいます。
また毎年、今津小学校の3年生が総合学習として、今津人形芝居の継承に取り組んでいらっしゃいます。
唐津人形浄瑠璃保存会も毎年、参加して地域を超えた交流の中で、日本の伝統文化の継承、普及に取り組んでいます。
このような中、お客さまに喜んでいだだこうと、子ども達から年配組まで、心合わせ、公演の日に向けて稽古を積んでいます。
また、半年前から稽古のほかに、あらゆる準備をなさっていただきました。その努力に敬意を払わずをえません。
特に今年の話題として、アメリカから来日されている九州大学の准教授の方が人形遣いをされたことです。
日本独特の所作を理解され、見事に演じられていました。これからも、ずっと続けられるそうです。
このような甲斐があって、ご来場の皆さんは地域に伝わる伝統文化を心から楽しんでいただけたようです。
特に今津小学校の皆さんの熱演に、会場から大きな拍手がありました。

※ 画像をクリックすると、公演の様子(触りだけ)をご覧いただけます。

 

 鳴子太夫の呟き 

ドジャーズが、ナショナルリーグで2年連続の素晴らしい優勝を果たしました。
大谷翔平選手は、勝利投手。それと、この試合で、ホームランを3本。
正に、神がかりの大活躍。野球ファンならずとも、心躍る試合でした。
試合後のインタビューでは「素晴らしい相手に勝てたのは、チームがまとまって全員で勝ち切りました」と。
自身の活躍は一言もなく、チームが一つになり何が何でも「今日、優勝」の強い思いだったから果たせたと。
監督さんは、チームの皆さんのお陰。そして応援してくれている皆さんが見守って下さったお陰と。
お二人の言葉に心が奮い立ち、心から勇気が湧いて来ました。
今日は、明日の今津人形芝居定期公演の本番に向けた最後のリハーサル。
子ども達から老人までドジャーズのように一丸となって、素晴らしい舞台公演をおとどけし、お客さまに喜んで頂きます。

「2025 佐賀インターナショナル バルーンフェスタ」の開催まで、あと一ヶ月余りです。
これに関連して「SAGA SOUL さが魂」で昨年、放送された番組を観ました。
内容は、2014年の熱気球世界選手権で優勝された藤田雄大さん(37歳)のドキュメンタリーです。
雄大さんは、千葉県生まれ、栃木県下都賀郡野木町育ち。お父さんは熱気球競技選手で「世界の藤田」とも言われるほど。
その影響もあって、幼少の時から風に乗って飛んで行くバルーンに心奪われ、18歳で熱気球パイロットライセンスを取得されています。
佐賀バルーンフェスタで出会われた華菜子さんと結婚され、佐賀に移住されました。
華菜子さんのサポートは絶大で、雄大さんの心身共のトレーナーでもあります。
競技は「粘っても、粘っても」の気持ちで優勝を勝ち取りにいきます。しかし「困難でもどかしい、悔しい、の繰り返し」と、仰っていました。
それでも、華菜子さんは成長に繋がるとサポートに徹していらっしゃいます。
雄大さんはインタビューで「華菜子さんは、どんな存在ですか?」と聞かれ、「人生です」と、応えられました。
また、佐賀市在住の一流の選手(パイロット)の方は「佐賀大会は地域ぐるみのフェスタ。だから開催が出来るのです」と。
佐賀バルーンフェスタも、これまで携わっていただいた多くの方々のおかげで、しっかりと地域に根ざした魅力あるイベントになっています。
唐津人形保存会も佐賀バルーンフェスタと同じように、多くの方に支えられながら、人形瑠璃を通して潤いのある地域のために頑張っていきます。

 

「義太夫の会」に向けて 
 11月30日開催 


「義太夫の会」まで1ヶ月半となりました。それに向けて稽古に熱が入ってきました。
鳴子太夫は、稽古の事あるごとに言っていることは「稽古を一生懸命にやらないと、舞台には出ることができません。頑張るんだよ」と。
この言葉は、わざわざ足を運んでいた
 

 「義太夫の会」心支度から鍛錬の場へ 

11月30日開催「義太夫の会」の練習に熱が帯びてきました。
鳴子太夫は、毎年、今回の義太夫の会が最後と言いながら練習に取り組んでいますが、その意気込みは全く衰えていません。
よく口にする言葉は「今回で最後になるかもしれないので、前だけ向いて一生懸命に頑張るだけ」。
この心意気が、浄瑠璃に対する想いを強くしているのでしょう。
ところで今回は、ニューヨーク在住のレイコさんから参加させてもらえないかとオファーがありました。
レイコさんは世界有数の指導者に師事された方で、蝶々夫人の「ある晴れた日」を独唱していただくことになりました。
今回の浄瑠璃の会に新しい出し物が加わり、鳴子大夫の気持ちは例年に増して熱が入ったようです。
「浄瑠璃の会」は浄瑠璃だでではなく、日舞や子どもたちの芝居などがあり、文化の祭典と言えるような公演です。
この公演を通して多くの方々に楽しんでいただき、心に力と癒しを感じていただけたらと願って精進してまいります。
ぜひ、多くの方にご来場いただき、晩秋の一日を楽しんでいただけたら幸いです。

 

 令和7年度 全日本音楽教育研究会 
 全国大会 佐賀大会に向けて 


今秋10月23日、24日に佐賀市文化会館等で開催されます「令和7年度 全日本音楽教育研究会 全国大会 佐賀大会」で配布されます冊子(音楽ノート)が出来上がりました。
この冊子に「名護屋城跡本丸薪能」(唐津市鎮西町)、「高志狂言(神埼市千代田町)とともに、唐津人形浄瑠璃保存会が紹介されています。
ここに紹介されているものは、地域に伝わる伝統芸能を伝承しているもので、この活動を通して潤いのある地域を目指しています。
これらの活動が全国の方々に紹介されることで、私たちの活動の励みになり、この全国大会のご盛会をお祈りいたします。
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 コミセン夏祭り 

唐津市都市コミュニティセンターは、「コミセン」という呼び名で親しまれてきましたが、現在、改築中の外町公民館に統合され、都市コミュニティセンターは廃止されることになっています。
これにより「コミセン祭り」としての開催は、今回で最後かと思われます。
そのためか、朝からのこれでもかと照りつける暑さで、日が暮れても暑さがおさまることがない中でも、多くの方が来場されました。
その多さは、敷地内に収まることができずに道路まではみ出すほど。
このような状況の中、コミセン職員の方々、地域の方々、それに小学生、中学生、高校生も加わり、これまでにない程の多くの方々によって開催されました。
今回の出し物に、保存会メンバーのジョンの長女オタリー(5歳)が太鼓で初舞台を踏みました。
オタリーは、生まれて直ぐから、ずっと父親が出演している舞台を見ており、そのお陰で舞台慣れしている様子で堂々の初舞台でした。
一緒に出演したスタッフだけではなく、観客の方も心から楽しんで頂いたようで、盛大な喝采をいただきました。
これからも世代を超えて、伝統芸能を親しむことができようにフタッフ一同、精進してまいります。
 

 唐津市長へニューヨク公演報告 


遅くなりましたが、やっと、唐津市長にニューヨーク公演の報告をすることができました。
市長は、国際連合で虹の松原を世界遺産に登録するためにスピーチをされたり、その時に開催されたランチョンの席では、ユネスコ無形文化遺産である「唐津くんち」について熱心に語られました。
またこの席にユネスコ職員や国連広報長らからもスピーチが寄せられ、国境や世代を超えた文化交流の重要さや必要性などについても語られたとのこと。
このような経験から、ニューヨーク公演をはじめとした保存会の活動に興味を持って頂いているようで、表敬訪問の際のウエルカムボードのサインにも納得できます。
市長をはじめとする多くの方々のご支援のお陰でニューヨーク公演が続けることができていることは、奇跡的な繋がりがあるからこそだと思わされた訪問でした。
これからも、多くの方々のご支援に報いるよう活動を続けて参りますので、お見守りくださるようお願いいたします。
なお市長への報告の様子は、8月1日にぴ〜ぷる放送の「からとぴ」で放送されます。
 

 ゆめさが大学佐賀校 
 大学院生への講義と公演 


今年の梅雨は、6月のうちに明け、観測史上最短となったとのこと。
本格的な夏を迎えたこの時節に、ゆめさが大学佐賀校の大学院生を迎えての公演を行いました。
ゆめさが大学佐賀校での公演は、ここ数年、毎年、開催しており、観覧される方々は、心持ち観覧の準備ができているように思えました。
また演目は、ニューヨーク公演と同じもので演じる側も準備万端。
これらの所為でしょうか、ご覧になられた皆さんは、これまで以上に楽しんでいただいた様子で大変喜んでいらっしゃいました。
公演後は、人形や三味線の体験。日本の大切な伝統芸能を慈しむように体験して頂き、持て成す側にとっては、とても嬉しく有難く想えました。
馴染みになっている公演でも、改めて感じるものや勉強になったものがあり、心も気温も暑くなった公演でした。

 

 国境や時を超えて 
 佐賀県知事からのメッセージ 


「第5回唐津人形浄瑠璃保存会 竹本鳴子inニューヨーク」公演の開催、誠におめでとうございます。
約400年前に生まれ、今では日本を代表する伝統芸能となった人形浄瑠璃は、佐賀県唐津の地でも長きに渡り受け継がれてきました。
三代目竹本鳴子会長は九州でただ一人の浄瑠璃指導者として保存会活動に携われており、国内外での公演に加え学生の体験学習にも積極的に関わっていただいています。
唐津には、浄瑠璃の演目「太功記」に登場する豊臣秀吉が築いた大きな城があり、街なかにある近松寺は「日本のシェイクスピア」近松門左衛門の名の由来と言われています。この人形浄瑠璃ゆかりの地で、日本が誇る伝統芸能の普及・継承のためにご尽力いただいていることに心から感謝申し上げます。

叙情豊かな三味線の音、迫力ある太夫(たゆう)の語り、繊細な人形の仕草などが表現するこの芸能の真髄は、言語の壁を乗り越え、ご来場の皆様の心に響くことでしょう。ニューヨークの皆様に、日本、そして唐津の歴史や文化をぜひ全身で感じていただけると嬉しく思います。
本公演をきっかけに、人形浄瑠璃が表現する親子の情愛や人を大切に思う心が世界に、そして未来につながっていくことを願っています。

唐津人形浄瑠璃保存会の皆様や、日系人会館をはじめとする関係者の皆様、本日お集まりいただきました皆様のご健勝と今後益々のご活躍を祈念し、お祝いの言葉といたします。

      佐賀県知事 山口 祥義(よしのり)

 

 唐津市長からのメッセージ 

「竹本鳴子太夫 in ニューヨーク」の開催、誠におめでとうございます。竹本鳴子太夫をはじめ、唐津人形浄瑠璃保存会の皆さまにおかれましては、アメリカ・ニューヨークの地で、日本を代表する伝統芸能「人形浄瑠璃」を披露されますことに対し、唐津市民として、たいへん誇らしく思いますとともに、国内外を問わず日本の伝統芸能を普及継承のご尽力いただいておりますことに深く敬意を表する次第です。
人形浄瑠璃は、今からおよそ400年前に誕生したと言われ、三味線に合わせて人形を操り、繊細にしてダイナミックな動きとともに物語を紡ぐ総合芸術でございます。
巧みに操られる人形には、人間以上の表現力が宿ることから、人形浄瑠璃は「人生の教科書」とも呼ばれており、その芸術性は世界共通のものであると感じております。
指導される竹本鳴子太夫が、活動の拠点とされている佐賀県唐津市の地名「唐津」には、「外国に通じる港」という意味があります。
その名のとおり、古くから日本と大陸(海外)との玄関口として栄えてまいりました。
唐津市は、山の幸・海の幸に恵まれ、虹の松原をはじめとした豊かな自然、唐津の街並みの中心である唐津城、人形浄瑠璃の傑作を数多く生み出した 近松門左衛門にゆかりの深い寺など、たくさんの見所があり、今もなお伝統文化が息づいています。
本日お集りの皆さまには、唐津人形浄瑠璃保存会の公演を通じて、日本の伝統芸能を存分にご堪能いただくとともに、私たちの故郷、唐津市のことにも興味をもっていただければ幸いです。

      唐津市長  峰  達 郎

 

 ニューヨーク公演を終えて 

今回で5回目の開催となりますニューヨーク公演は、お客さんの大きな喜びのなか、無事に開催することができました。
今回の公演では、鳴物をサックス奏者の石川さん、人形を荒船さんにお願いするなど、多くの方々に心を尽くしていただきました。
そのお陰でしょうか、公演をご覧になった方の中には、日本の文化を勉強したいと想って下さっている音楽家の方、オペラ歌手の方などがいらっしゃいました。
また日系のご夫婦が、あと2年はニューヨークで働かなけばならないのですが、これを終えれば、すぐにでも唐津に来ますと言われ、今回も多くの新しい出会いがありました。
日本だけでなく、世界中に日本の伝統芸能に大きな関心を持ち、学びたいという方々が多くいらっしゃいます。
国外では、日本の伝統芸能を観て触れる機会が、ほとんどありません。こういった方々の願いを叶えることが出来ることは、演じる者も感動し嬉しくなります。
この様な公演を開催すことになったのは、9年前のことです。

それは、鳴子太夫が「弘知法印御伝記」のロンドン里帰り公演に随行されたことがきっかけです。
この公演は、1962年(昭和37年)に故 鳥越文蔵先生(早稲田大学教授/唐津人形浄瑠璃保存会 名誉顧問)が、イギリスの大英博物館で古浄瑠璃「弘知法印御伝記」の正本を発見されたことによるものです。
この公演は、鳥越先生と本の発見のお手伝いをされた 故 ドナルドキーン先生(コロンビア大学名誉教授/日本学者)との対談から始まりました。
猿八座(新潟 佐渡島)による公演が終わると、観客の方から「人として生きるために、大切な情愛を強く感じ胸を打ちました」という言葉をいただきました。
この言葉が鳴子太夫の心に大きく響き、浄瑠璃を海外の方に知ってもらいたいという願いが芽生えました。
さらに、この公演に随行されていた五十嵐芳子さん(キーンセンター職員)と娘さんの五十嵐道子さん(国連職員)のご尽力もあって、その願いが実現したものです。

このように人の心を大きく動かすことができる日本の伝統文化である人形浄瑠璃に携わる事のできることは、一方でない喜びです。
これからも、心豊かで潤いのある社会の実現に向けて精進してまいります。
※ 画像をクリックすると鳴子太夫と観客との触れ合いの様子をご覧いただけます。

 

 間もなくニューヨーク公演 

今回で5回目の開催となりますニューヨーク公演ですが、毎回、空港に降り立つと公演に向けた意気込みと不安が入り混じった複雑な気持ちになります。
無事にアメリカに降り立ち、空港のラウンジで一息入れていると、初めてのニューヨーク公演を思い起こしました。
もう8年前になりますが、街中に異なった肌色の方々、色とりどりの服装、そして老いも若きも、男も女もが入れ混じって、精力的に楽しく働いていらっしゃる姿に驚きました。
改めて多民族の国だと実感しました。
特に黒人の女性の方が、一生懸命に働かれる姿が目に焼き付き、今でも鮮明に思い出されます。
しかし、今、世界の至る所で、宗教や民族の違いから戦争が起こっています。
この公演では、日本の伝統文化を通して、心豊かな平和な社会の尊さを感じてもらい、争いのない世界の実現を訴えらればと願っています。
そのために、団員一同、精いっぱいの舞台を努め、喜んで頂けますよう力を尽くします。

 

 落合裕二さん、お疲れ様でした 

唐津人形浄瑠璃保存会の理事で、前の佐賀県副知事でいらっしゃいました落合裕二さんの副知事退任慰労会を開催しました。
副知事を退任されてから2ヶ月以上も経った日での開催となり、落合さんには申し訳ありませんでした。
しかし、たまたま帰省された国土交通省副大臣の古川康代議士が駆けつけていただき、会に花を添えていただいたことは、申し訳がたったかと。
落合さんには、当保存会の発足当時、唐津市役所に出向中で、発足に向けてご尽力賜りました。また、このご縁から発足後も理事にお願いし、時として力添えを賜わり、会員一同、感謝いたしております。
落合さんが佐賀県庁に奉職中、最も辛かったのは、豪雨により発生した大町町での油流出、それと唐津市で豚熱が大発生した事件とのこと。
言い換えれば、非常時に力を発揮され、まさかの時に頼れる方だということを、一同が心に留め置いた一時でした。
これからも、当保存会にご支援を賜るとともに、益々のご活躍をお祈りいたします。

 

 ニューヨーク公演に向けて 


ニューヨーク公演が近づいてきました。
ワクワクする気持ちの昂りとともに、アメリカで首を長くして待っている方々の期待に応えることができるかなどの不安も大きくなってきています。
そんな中、ニューヨーク公演で使う舞台装飾もで出来上がりつつあります。
写真は、ニューヨーク公演の演目「傾城阿波の鳴門の巡礼の段」で使うものです。
これは、巡礼姿の娘「お鶴」が母と知らずに立ち寄った「お弓」の家です。
その家に掛ける「無量寿」の掛け軸は、当保存会メンバーの別府節子さんに書いていただきました。
この「無量寿」は、限りない寿命という意から阿弥陀仏の異名となってます。
このことから、阿弥陀仏が持つ、計り知れない無限の慈悲と智慧を象徴する言葉として崇められています。
この掛け軸は、書かれている言葉を大切にして引き継いでいきます。別府さんには、心から感謝申しあげます。

 

 人形浄瑠璃の意義と役割 
 勝岡ゆかり 著 


本の紹介です。タイトルは「人形浄瑠璃の意義と役割―人間形成の見地から」著者 勝岡ゆかり。
著者が東京芸大大学院 在学中、全国の人形座を調査・研究(15年前)され、九州のことも今津人形を始め、竹本鳴子太夫を訪ねて(付いて回って)頂き、九州の座のお話しを聞いて頂きました。
この論文で博士号を取得され、国会図書館に献呈されています。
この度、自費出版され、竹本鳴子太夫のことも書いて頂いていますので、是非、ご一読ください。
この本を紹介したものがYouTubeに投稿されています。画像をクリックするとご覧いただけます。

 

「山口智子の風穴」
阿波には「木偶人形」の伝統がある。(続編)


俳優・山口智子さんが風のたよりに導かれ、日々に開ける「風穴」から、新鮮な未来を呼び込む旅の記録。先日、投稿された「徳島・阿波編」の続編です。
前回は、阿波木偶人形会館にて2代目 人形健さんが、人形の作り方や操り方などを紹介されていましたが、今回は作業場で実際の作業の様子をご覧いただけます。
映し出されている部屋には、数知れないほどの道具や製作途中と思われる首(かしら)があります。
人形健さんが使われている道具のほとんどは、手作り。また人形作りに欠かせない和紙が手に入り難いなども紹介されています。
また人形健さんが伝統に拘らず独自に考案された人形の動きを、山口智子さんが操るシーンもあります。
後半では、人形健さんが昨年の晩秋に唐津人形浄瑠璃保存会に寄贈された人形が紹介されていまので、かなり前に撮影されたものと思われます。
しかしこの動画は、令和7年5月31日に投稿されていまので、その間に丁寧に編集された映像に仕上がっています。
人形造りの難しさや楽しさを感じさせられるものです。是非、前回のものを併せてご覧ください。
画像をクリックするとYouTubeをご覧いただけます。

 

 竹本鳴子太夫 
 県政功労者知事表彰 


竹本鳴子太夫が「令和7年度 佐賀県 県政功労者知事表彰」を受賞しました。
この表彰は、文化や産業、福祉などの振興に貢献し、その功績の顕著なものを表彰するものです。
本年度は、陶芸家の十四代 今泉今右衛門さんや小説家で佐賀に書店を出店された今村翔吾産など70名が表彰されました。
この表彰は、竹本鳴子太夫の努力だけではなく、この活動を支援、応援してくださっている多くの方々によるものです。
私たちの活動は、人形浄瑠璃を通して、潤いのある心豊かな社会の実現のために活動しています。
また近年では、ニューヨーク公演や外国からのクルーズ船のお客さんに向けた公演を通して、国境を超えた相互理解を深め、世界平和に少しでも貢献できればと願っています。
この表彰であらためて、私たちの活動を見つめ直し、これまで以上に多くの方々に応援していただけるよう精進してまいります。


 

「山口智子の風穴」
阿波には「木偶人形」の伝統がある。


俳優・山口智子さんが風のたよりに導かれ、日々に開ける「風穴」から、新鮮な未来を呼び込む旅の記録をYouTubeに投稿さてれいます。
先日、投稿された「徳島・阿波編」で、阿波木偶人形会館にて2代目 人形健さんから、人形の作り方や操り方などを学んでいる様子が紹介されています。
人形健さんには、保存会発足当時から、人形の製作や修理にご尽力をいただいております。
また、前回の「義太夫の会」で紹介させていただきました「狐」の首(かしら)を寄贈していただいています。
またこの動画が撮影された会場の「阿波人形会館」には、鳴子太夫が特別な思い入れがあります。
15年前にこの会館で初代 人形健さんから、楽しい話を聴いたことです。
この話で特に印象に残っているのが、館長として在任していた期間のアメリカ大統領、全員が訪問してくれたと誇らしげに話されたことです。
寝食を忘れ魂こもった人形の製作は、並大抵ではありません。その意気込みが、国や人種を超えて人の心に届くのでしょう。
このような人形に囲まれていることは、生きることへの助けとなり、有り難く思っています。
このような想いが感じられる様子を是非、ご覧ください。
画像をクリックするとYouTubeをご覧いただけます。

 

ニューヨーク公演のチラシが出来ました
(令和7年6月22日開催)


5回目の開催になります「ニューヨーク公演」のチラシが出来上がりました。
これまでの公演では、いろんな方との出会いがありました。
日本を懐かしく想い涙ぐむ方や開催のお手伝いをしてくれた方など、このチラシを眺めているとその風景が蘇ってきます。
同時に、この公演を楽しみにしていらっしゃる方々の期待を裏切らないようにしなけえばならないという思いが強くなります。
現在、日本とアメリカとの間には、経済を中心とした課題が山積しています。この公演を通して、市民レベルでの交互理解が深まり、日米間のより良い関係に少しでも貢献できればと願っています。


画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。

 

 ル・ジャック・カルティエ外国船公演 
(令和6年4月6日)



「ル・ジャック・カルティエク」は、先月の23日に寄港してから2回目の寄港です。
前回は大阪に向かう途中でしたが、今回は大阪から出航してからの寄港でした。
1ヶ月以内に2回も同じクルーズ船のお客さんに浄瑠璃をご覧いただいことは、初めてでした。
日本へのインバウンドが増えているというニュースをよく耳にしますが、私たちにまでこのブームが及ぶとは思いも寄らないことです。
今回もアメリカをはじめ、フランスなどのヨーロッパからのお客さんに、日本の伝統文化を楽しんでいただきました。
鳴子太夫が、挨拶のなかで「皆さんに、楽しんでいただけることが、続けていける力になります」と発言すると、もったいないほどの感動の言葉が返ってきました。
日本の伝統文化を楽しんでいただくことにより、相互理解を深め平和な世界に少しでも貢献できればと願っています。

画像をクリックすると公演の様子(触りだけ/1分33秒)をご覧いただけます。

 

 ミャンマー中部大地震への想い 
 

3月28日にミャンマー中部を震源とするマグニチュード7.7の大地震が発生しました。この地震により数千人の方が、亡くなられたり怪我をされたりしています。
また被災した地域は広い範囲にわたっていて、住む家を失った多くの人たちが路上での避難生活を余儀なくされています。
日中の最高気温が40度に迫る暑さが続く中、水や食料、医薬品などの支援物資は十分ではない上、各地の病院も倒壊してけが人の手当てもできないなど過酷な状況となっています。
このような状況への支援のため、募金活動や医療支援等が、各地で始まっていますが、内戦状態が続いているため支援の手を差し伸べることが困難な状態と報道されています。
こような状況下にあっても赤十字の方などが、どんなに小さな力でも復旧のためと願い頑張って活動していらっしゃいます。このような方々から勇気をいただきます。
今年の「義太夫の会」は、その勇気をもとに「ミャンマー大地震復興支援の会」として開催する予定です。
多くの方にご覧いただき、支援に少しでも役立つことができればと願っています。



 「唐津人形浄瑠璃保存会」定期総会 
 4月月27日(日曜日)

 

昨年度は、各種団体からの公演依頼をやメリカでの公演、クルーズ船公演などでの外国人を含め、多くの方に浄瑠璃を鑑賞していただきました。
本年度もこのような活動を通して、心豊な潤いのある地域づくりのために会員みなさんの意見や想いを話し合います。
会員の皆さんの出席をお願いします。

期 日  4月27日(日) 13時30分から
会 場  浜玉公民館



 ル・ジャック・カルティエ外国船公演 
(令和6年3月23日)



春の到来を感じさせられる麗かな日。唐津市内最古のお寺と言われている九品院。
なんと贅沢な舞台が整えられた日に公演をすることに、スタック一同、感謝から始まった公演でした。
外国からの観光客の前で公演するのは、何度か経験していますが、毎回、楽しんでいただけるか不安でいっぱいです。
しかし公演が始まると70名を超えるお客さんは、食い入るようにご覧いただき、演目が終わる度に「Wonderful」「感動しました(英語)」と声をかけていただきました。
日本の伝統文化は、国境に関係なく世界中の方々に楽しんでいただけるものと改めて実感しました。
公演の最後に、6月に開催予定のニューヨーク公演のことをお伝えすると、ニューヨークからのお客さまが「観に来ます(英語)」と仰っていただきました。
今回も、新しい出会いがあり、楽しく、嬉しく、全ての方々に感謝でいっぱいになった公演でした。

画像をクリックすると公演の様子(触りだけ)をご覧いただけます。

 

 追加公演のお知らせ 

   7月16日(水)13時00分〜15時00分
     ゆめさが大学(大学院生)講座 / 佐賀市アバンセホール

   12月18日(木)13時00分〜15時00分
     ゆめさが大学(大学院生)講座 / 唐津市りふれ

 

 今津人形芝居の稽古 

今津人形芝居は、福岡県の無形民俗文化財に指定されている地域の伝統文化です。
明治時代に始まったこの人形芝居は、一時期、存続が危ぶまれましたが、小学生を中心とした子供会が参加して未来に向けて活動を続けています。
この子どもたちの発表の場として毎年秋に公演会が開催されています。
小学校4年生2人と5年生1人が、一生懸命に台本作りから、楽しく取り組んでいます。
この日は、芝居で言いますと、第1回目の台本読み。
そしてこの日は、練習場所の公民館で小学校関係者の会議があり、出席された方々が、子ども達の稽古している様子をご覧になられました。
子どもたちの頑張る様子がよかったのか、浄瑠璃がこんなに素敵なものだったのかと、感激された方がいらっしゃいました。
指導している者にも、お褒めの言葉をいただいたようで嬉しくなりました。
ここには、30年以上、練習に通っていますが、稽古を続けていただいてきた生徒さんたちに感謝でいっぱいになりました。
画像をクリックすると練習の様子をご覧いただけます。

 

 唐津市伝統芸能祭 
(令和7年2月23日)


唐津市伝統芸能祭は、昨年、伝統を次代に伝え地域の活力につなげようと唐津市が初めて開催しました。
2回目の開催となる今回は、唐津人形浄瑠璃保存会をはじめ、唐房千越祝い唄保存会、鎮西音頭保存会、相知町郷土芸能保存会などが参加しました。
会場は「ボートレースからつ イベントホール」。
この日は、寒さが厳しい日でしたが、多くの方にご来場いただきました。
会場が少し狭いので、すぐに満席になり立ち見の方が多くいらっしゃいました。
しかし、舞台と客席が近く臨場感あふれる公演を楽しむことができます。
幕開けを人形浄瑠璃で努めることになり、会場の雰囲気を高める役を担いました。
演目が終わる度に、お客さまから大きな拍手をいただき、その任務は無事に果たすことができました。
お客さまに大変喜んで頂いたことは、演じた私たちも、ますます頑張ろうと喜びに満ちあふれる公演になりました。
この公演も私たちにとって嬉しいものとなり、主催者をはじめご覧いただいた多くの方に感謝申し上げます。


 

 「ゆめさが大学唐津校」公演 
(令和7年2月19日)


「ゆめさが大学唐津校」受講生の皆さんを前にしての公演は、恒例となっていて、多くの方が楽しみにしていただいているようです。
そのために、会場の雰囲気が何となくワクワクしているように感じました。
今回の演目は「阿波鳴門」「壷坂霊験記」「松浦潟」「からかさ(三番叟の人形)」「上を向いて歩こう」そしてフィナーレは受講生と一緒に全員で「炭坑節」を踊りました。
人形、三味線、歌、踊りと観るだけはなく、皆さんが参加できる公演を楽しんでいただきました。
そのせいか、演じる者も楽しんでしまう公演。
鳴子太夫をはじめ、ほとんどのスタッフは、観客の方々と同世代ということで、思いっきり張り切ってしまいました。
「むち打ちながら、頑張った」と公演後の感想。
演じる者、観る者が一緒になって、元気になり嬉しい公演でした。
※ 写真は主催者の方からいただきました。ありがとうございます。




 令和6年 義太夫の会 
 公演の様子をご覧いただけます 



令和6年12月1日に開催しました「義太夫の会」の様子をご覧いただけます。
見逃された方、もう一度、あの時の感動を味わいたい方など、ご覧いただけたら幸いです。
画像をクリックすると公演の様子をご覧いただけます。




 万年願 / 北原人形芝居(大分県中津市)
 2月2日開催 


万年願(まんねんがん)は、毎年2月の第一日曜日で、中津市北原にある原田神社で疫病退治のために行われる行事です。この時に、北原人形芝居が奉納されています。
この人形芝居の起こりは、鎌倉時代と言われています。
北条時頼が諸国巡歴の途中、この地で病に倒れ村人の献身的な看護により回復し、全快祝いの席で演じられた余興が起源とされています。
その後、脈々と引き継がれ、今は県指定無形民俗文化財に指定されています。
鳴子太夫が、40年前からこの人形師芝居の指導に行っています。
この地に始めて赴いた時に、ここにも神様がいらっしゃると感じ、懐かしい故郷に、帰って来たようなとても嬉しい想いでいっぱいになったとのこと。
しかしその後、途中で稽古に行けなくなった時がありましたが、座員の方々は、 稽古を中断することなく、皆さんで協力しながら自力で続けて来られていました。
その様な甲斐があったことからでしょうか、昨年から若い方が稽古を始めているとのことです。
是非、皆さんも、この魅力ある人形芝居をご覧になってください。



 「義太夫の会」唐津ぴーぷるで放送されます 
 

令和6年12月1日に開催しました「義太夫の会」が唐津ぴーぷるで放送されます。

  放送日(3日間)及び放送時間
   1月26日(日) 12時00分、16時00分、18時45分
   1月28日(火) 12時00分
   1月29日(水) 12時00分、23時00分




 阪神・淡路大震災に思う(話・竹本鳴子太夫) 
 

阪神・淡路大震災から、30年が経ちました。
震災が起こる前年に鶴澤友理江(娘)が、鶴澤友路師匠の内弟子として受け入れていただきました。
鶴澤友理江がいたところは、震源地に近い淡路。そのために大震災が発生して半月後に、淡路に参りました。
まだ余震が続いており、ある時、大きな揺れ。その瞬間、友路師匠が「障子の戸を開けて」と大きな声。
出口の確保のために、叫ぶように強い言葉で仰ったことが忘れられません。
この時の地震は、震度4。ほとんど経験したことがない揺れでしたが、これが日常的に起きていると思うと、被災者の生活の厳しさが少しだけ分かったような気がしました。
この経験もありその年の「義太夫の会」は、阪神淡路大震災復興支援の会として開催しました。
その後、毎年のように、地震、台風、大雨により災害が発生し、ウクライナでも戦争が勃発するなど、人の生活を脅かすことが起きています。
その度に、被災者支援として「義太夫の会」を開催しています。大きなことができませんが、少しでも被災者の方に寄り添うことができればと思い活動しています。
このような折、テレビで神戸のラグビー選手の方の話が放送されていました。
「街は復興しても、人の心は、復興していない」
「人の心に灯火を!」という強い想いでラグビーを頑張り続けますと。
この言葉に勇気を頂きました。
私たちも人形浄瑠璃を通して、人の心に灯火を灯すことができるように精進してまいります。



 見落としていました 
 12月5日付けの佐賀新聞 


佐賀新聞には、日頃の公演や活動だけはなく、様々な出来事も取材、掲載していただいており、私たちの活動の励みになり感謝しております。
その様な中、過日、掲載された、人形の寄贈の記事を見落とししていました。ご贔屓をいただいている方から、教えてもらい気付いたものです。
この記事は、人形師 2代目「人形健」こと多田弘信さんが、私たちが演じやすいようにと、少し小さい人形を無償で作っていただいた事です。
佐賀新聞には、人形の寄贈については、幾度か記事にいていただいいていますが、このことは、多くの方々が私たちの活動に気をかけているものと勝手に思っています。
このように多くの方々にご支援をいただきながら活動をしていることは、大変、幸せなことです。
これからもご支援いただいている方々の期待に添えるように、人形浄瑠璃を通して潤いのある地域を目指して活動をしてまいります。
画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。



 首(かしら)の寄贈が新聞で紹介されました 

過日、報告させていただきました人形師 初代「 天狗久(てんぐひさ)」が55歳、脂が乗り切った時に作られた最高の作品とされる「お弓」の首(かしら)を寄贈していただいたことが佐賀新聞に掲載されました。
寄贈していただいた方は、佐賀市にお住まいの畠山健治 氏。
これに至ったのは、鳴子太夫が「ゆめさが大学」で講師を務めたのがきっかけ。
この首は、畠山氏が大叔父から受け継がれ、保存されていたものです。痛みがあったものの、首がもつ幽玄さは色褪せることなく保たれていました。
今は、人形師 人形健 氏の手によりに完全に蘇りました。その姿を先日の「義太夫の会」で披露させていただきましたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。
これからもこの首が演じる場がありますので、是非、その姿を多くの方にご覧いただけたらと願っております。
画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。



 ブラジル公演に向けて 



ブラジルの企業「ゼンダイ」が、人形浄瑠璃に興味を示してくれてブラジル公演の実現に向けて活動をされています。
活動は始まったばかりで、実現するためにはいくつものハードルを超えなければなりません。
しかし、このプロジェクトに賛同していただける方が、少しづづ現れているようです。本当に頼りになる「ブラジル日本文化福祉協会」(企画書では「文協」と紹介)が賛同してくれるようです。
このブラジル公演を通して、ラテンアメリカとの間の相互理解が深まり、いろんな分野で協力関係ができる一助になればと願っています。
※ 画像をクリックすると企画書をご覧いただけます。

「ゼンダイ/Zendai」とは
ブラジルで日本食文化(日本の食品、食材、調理器具など)を取り扱っている会社
「ブラジル日本文化福祉協会」とは
ブラジル社会において日本文化の継承と普及を促進する団体



「義太夫の会」(12月1日)
「なしておんつか」(鬼塚小学校/12月3日)
「ぴーぷる放送」で紹介されました 


ぴーぷる放送の番組「からとび WEEKLY」で「義太夫の会」と鬼塚小学校で開催されました人形劇「なしておんつか」(指導 人形浄瑠璃保存会)の様子が放送されました。
それぞれの画像をクリックすると、その番組から抜粋したものをご覧いただけます。





「浄瑠璃の会」
 ご観覧ありがとうございました 


「浄瑠璃の会」に多くの方にご来場いただき、無事に開催できたことに感謝申し上げます。
また開催に際しお手伝いをしていただきた方々に、改めてお礼申し上げます。
特に肥前小学校、博心館の子どもたちは、皆様の拍手に感激しており、これからの成長の糧になったことでしょう。
さらに公演後には、様々な言葉をかけていただき今後の活動の励みになりました。
これからもスタッフ一同、人形浄瑠璃を通して豊かで潤いのある地域づくりのために精進してまいります。
下の写真は、公演前の舞台清めと、オープニングの全員総出演です。
公演の様子は、後日、ホームページで紹介させていただきます。






 間もなく本番を迎えます
「なしておんつか」「義太夫の会」


今週は、稽古の連続でした。
まずは、鬼塚小学校。12月3日に開催されます「なしておんつか」の練習。
これは鬼塚小学校3年生が、自分たちが住んでいる町の由来について学び、それをモチーフにした劇を演じるです。
毎年、地域の方々も観覧され好評得ているものです。そのため、演じる子どもたちは熱心に練習に取り組み、指導する側も気を抜くことができません。
 ※ 下の写真は鬼塚小学校の子どもたち 続いて「義太夫の会」。
肥前小学校と博心館の稽古でした。稽古ができるのは、あとわずか。子どもたちのやる気度がマックス。不安と緊張感が増してきて稽古に熱がはいってきて、こちらも緊張せざるをえません。
これに併せて、舞台や進行の準備や確認。出演者、スタッフ、楽器搬送などの手筈。
当日、お手伝いの方々達の人数を数えると170名ほどになりました。こんなに大勢の方々に支えられて開催できることに感謝申し上げます。
そんなこんなで、徹夜になってしまいました。
しかし稽古を通して子どもたちから元気をもらったので私たちも元気になり、そして「義太夫の会」を通して皆さんも元気になってもらえればと願っております。
多くの方々のご来場をお待ちしています。

追記 11月28日付の佐賀新聞に「義太夫の会」が紹介されました。
画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。
※「義太夫の会」のパンフレットはここをクリックしてください。



 西唐津公民館での公演(11月24日)

西唐津公民館で地域住民福祉講演会として人形浄瑠璃を皆さんに鑑賞していただきました。
会場には高齢者を中心に100名を超える方々が来場されていました。
この会場の様子を見た鳴子太夫は、以前、大分の老人ホームで公演をした時に、会場の様子が親の面影と重なり、涙が溢れたことを思い出しましたそうです。
この日もその光景に似ていて、涙を堪えるのがやっとのこと。
このような心持ちで行った公演は、楽しんでいただけたようです。
ご覧になったお客さんから「冥土の土産が出来ました」との声かけをいただきました。
鳴子大夫だけではなく、スタッフ一同、嬉しくもあり心に染みた西唐津公民館での地域住民福祉講演会でした。
画像をクリックすると公演の様子(一部)をご覧いただけます。
※「義太夫の会」のパンフレットはここをクリックしてください。




「義太夫の会」に向けて 

11月21日は「義太夫の会」に向けて肥前小学校で練習をしました。
本番まで10日あまり。本番への思いを馳せ、少し緊張気味で一生懸命に練習する子どもたち。
「正座を出来るようにならなくちゃ」「台本を見なくて、大きな声を出さねば」「お役さんに喜んでいただきたい」など、それぞれの課題や希望を胸に取り組んでいました。
そんな前向きは子どもたちは、少しづつ上手になってきています。
そんな姿を多く方にご覧ただくことが、子どもたちが大きく成長させるものです。
12月1日、唐津市文化体育館で子どもたちがお待ちしています。
※「義太夫の会」のパンフレットはここをクリックしてください。



「義太夫の会」のパンフレットができました 


義太夫の会」(12月1日開催)のプログラムができました。
オープニングは、子どもたちが中心になって総勢100名による三味線、鳴物、琴、ピアノ等による演奏での大合唱。
みなさんがご存知の歌で、賑やかに開幕します。
どうぞ、お仲間をお誘いの上ご鑑賞ください。

※「義太夫の会」のパンフレットは画像をクリックしてください。



 唐津市玉島小学校 体験事業(11月19日) 
 

玉島小学校の子どもたちは、素直で優しく、そして元気いっぱい。
小さな学校なので、みんな仲がいい。
そんな子どもたちが、初めて見る人形や三味線に触れたり、爪弾いたり。楽しく伝統芸能を体験していただきました。
その様子を見ていた私たちまで感動が伝わりました。
そして、先生方から感想をいただきました。

子どもたちにも大変わかりやすく説明して下さり、とても貴重な時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございました。

ご公演の皆さま本日は、玉島小学校へ体験事業で来校いただきありがとうございました。貴重な体験でした。人形浄瑠璃を通して人の情愛を感じ、真心を大事にしたいものです。皆さまのご健康を祈念します。




 「お弓」の首(かしら) 
 
「狐」の首(かしら)に続き、貴重な人形の首(かしら)を紹介します。 初代 天狗久(てんぐひさ)作の「お弓」の首(かしら)です。 この首(かしら)は、初代 天狗久が55歳、脂が乗り切った時に作られた最高の作品です。
この時代は、渋沢栄一氏らの活躍で日本が近代化に向けて邁進していました。天狗久氏も精力的に人形制作に取り組んでいたことがうかがえます。 この「お弓」は、不思議なご縁で、ゆめさが大学の大学院生でいらっしゃる畠山さまに頂いたものです。
制作されてから110年以上が経ち、痛みが酷く人形として操るには耐え難い状態になっていました。
そこで一昨年、人形健氏に修復をお願いし、見事に蘇りました。
この人形も今年の「義太夫の会」で皆さまにお披露目させていただきたいと願っております。
芝居の登場人物だけではなく、幾星霜にわたり在り続けてきた人形にも思いを寄せてはいかがですか。
※「義太夫の会」のチラシはココをクリックしてください。



 「狐」の首(かしら) 
 
人形師 人形健 氏は、水垢離(読み/みずごり、意味/神仏に祈願する前に冷水や海水を浴びて心身を清めること)を取ってから、人形の制作に取りかかることを習わしとされています。
このことは、先代から続けられていて、神仏に祈る心で鑿を握られています。
写真は、50年ほど前に先代 人形健 氏が制作された狐の首(かしら)です。
この狐は「義太夫の会」(12月1日開催)で使わせていただきます。この狐が登場するのは「本朝廿四孝 奥庭狐火の段」。
先んじてこの狐の写真をご覧になった方から、感想をいただきました。
「写真で見るだけでも、迫力があり、実際に使うとどう見えるか。どちらにしても、素晴らしいでしょう。」
「お~!。素晴らしいですね~。魂(霊)が宿っている気迫を感じます。」
さてこの狐を実際にご覧になった皆さんが、どんな感想を持たれるか楽しみです。
12月1日 13時、唐津市文化体育館でお待ちしています。
※「義太夫の会」のチラシはココをクリックしてください。



 人形の寄贈が徳島新聞に掲載されました 
 
徳島の人形師「人形健」 様からの人形2体の寄贈が、徳島新聞で紹介されました。
私たち「唐津人形浄瑠璃保存会」は、平成23年(2011年)5月に旗揚げしました。この時の日本は、東日本大震災による癒やされない深い傷痕が、日常の暮らしに影を落としていました。
このような状況の時に、私たちの活動に必要な人形を人形健氏に制作をお願いすることになり、その資金を、保存会を中心に多くの方々に浄財をお願いすることになりました。
その結果、300名を超える方々からのご芳志で、阿波鳴門の人形2体を制作していただくことができました。
その翌年には、地元にの企業であります「昭和自動車(株)」様からの寄付により三番叟の人形2体の制作を、人形健氏にお願いすることができました。
さらに、その翌年には 故 鳥越文蔵先生のご尽力により、壺坂霊験記の「お里」「沢市」「観音様」の人形を制作していただくことができました。
その後「労働金庫」様の助成金で阿波鳴門の「飛脚」「艶姿女舞衣」酒屋の段の「おその」 の頭(かしら)の制作、そして200年前から唐津にありました太功記十段目の「十次郎」の頭、「年寄り」の頭の修復など、全て人形健氏の手により仕立て上げられました。
東日本大震災の直後に始まった私たちの活動は、多くに方々に支えられ、人形健氏の卓越した技により続けられています。
これまでいただいた御恩に感謝するとともに、恩返しの気持ちを込めて人形浄瑠璃を通して、潤いのある地域づくりのために活動してまいります。
画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。



 人形を寄贈していただけます 
 

長年、大変お世話になっております徳島の人形師 人形健 様から「お弓」「おつる」の人形2体を寄贈して頂けることになりました。
また「義太夫の会」(12月1日開催)で演じます「本朝廿四孝 奥庭狐火の段」(素浄瑠璃) において、(故人)初代 人形健 作(現 人形健 様のお父 様)作の「狐」をお借りすることになりました。
今年の義太夫の会は、新しく仲間になった「お弓」「おつる」だけではなく「狐」さまにまで、見守っていただくことになり、嬉しくもあり、頼もしくもあり感謝でいっぱいです。
「初代 人形健」は「現代の名工」として国より表彰された方であり、また「二代目 人形健」は、徳島県から表彰された方です。
「初代 人形健」は、仏師でいらっしゃったことがあり、その手から作り出される人形には、魂が籠もったものがあります。
このような人形が登場する今年の義太夫の会。人形を観ていただけるだけでも価値あるものです。多くのご来場をお待ち申し上げます。



 旭座(福岡県八女市黒木町)定期公演 
(令和6年11月3日)

 
やっと秋らしい季節になり好天に恵まれた11月3日。この日は「唐津くんち」ですが「旭座定期公演」に行ってきました。
旭座人形芝居は、八女市に合併される前までは黒木町の成人式、お祭り、イベントなどで上演され、多くの子どもたちが浄瑠璃の舞台出演をしています。
この公演でも子供たちの活躍で、多くの方々に地域に残る伝統文化を楽しんでいただきました。
全国各地で今もなお残っている伝統文化は、子どもたちのお陰で何とか続けられていると、言われるところがほとんどです。
子どもたちの頑張りは、地域にとって大切なもので宝物です。
そのためにも、子どもたちが安全安心して健やかに育つ地域を目指してこれからも頑張ってまいります。



 お礼のお便りをいただきました 
 

10月17日に「ゆめさが大学 佐賀校」の大学院生の方々に人形浄瑠璃などを観覧していただきました。その中の方から素晴らしい絵手紙をいただきました。
龍跳虎臥といえる宛名書き。
そして絵手紙は、目を見張って月を愛でる兎のように鑑賞していただいた様子を描かれたのでしょうか。
力強さと共にとユーモアとエスプリを感じさせられ、私たちがお礼を言いたくなる絵手紙です。
これからもこの絵手紙を励みにして頑張って行きますので、ご支援を賜りますようにお願い申し上げます。
※ 下の画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。





 ゆめさが大学佐賀校大学院生への講演・公演 
 
この日は、鑑賞する方々が、演じる者と同じ世代、あるいは人生の先輩とあって演じやすい雰囲気に溢れた公演でした。
その所為でしょうか、人形浄瑠璃の講演では食い入るように耳を傾けていただき、公演では浄瑠璃の世界に入り込んでいる様子で泣いたり笑ったり。
公演後は、人形を操ったり三味線を爪弾いたり、今では触れることのない文化を体験していただくなど、非日常のひとときを過ごしていただきました。
大学院生の中に大変喜んでいただいた男性の方がいらっしゃったり、フタッフにお声がけ下さったり、とても嬉しくありがたい時間でした。
公演を開くできたことをしみじみと嬉しくなりました。
またこの公演に出演していただいたり、開催にご協力していただいたた方々に心からお礼申し上げます。
画像をクリックすると公演の様子をスライドショーでご覧いただけます。




 西唐津公民館公演のチラシができました 
 


西唐津公民館で地域住民福祉講演会として人形浄瑠璃「傾城阿波鳴門」を上演します。
日時は11月24日 10時00分 です。
お知り合いをお誘いのうえ、ご来場ください。心からお待ち申し上げます。

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 今津人形芝居公演に向けて子どもたちと練習 
 
今津人形芝居は、明治24年3月、隣村にあった大原操人形の諸道具一式を譲り受け恵比須座として始まりました。その後、栄枯盛衰を潜り抜け、現在は子ども会を中心に稽古が続けられ、その結果、高校生・青年の人形遣いが育ち、定期的に公演が開催されています。
そこで唐津人形浄瑠璃保存会は、10月月27日に開催される今津人形定期公演に、三番叟で出演する子ども達の稽古を手伝っています。
この公演で小学生の女義太夫が誕生します。ぜひ公演を鑑賞していただき、子どもたちを応援して頂けましたら有難く存じます。
画像をクリックすると練習の様子をご覧いただけます。



 外国クルーズ船「ル・ソレアル」公演 
(9月27日)
 


多くの方々のご支援、ご協力により無事に公演を開催することができました。
これまで、アメリカをはじめヨーロッパからの多くの観光客に人形浄瑠璃を鑑賞していただきました。
お陰をもちまして、インバウンドの方、特に高齢者の方々には、とても人気があるようです。
今回もいつものように幕開けの歓迎あいさつは英語。それ以外は通訳なしの日本語のみ。
語りの口調や人形の仕草で舞台の状況が理解できているのでしょうか、皆さんは、食い入るように鑑賞していただきました。
人形浄瑠璃は日本固有の文化でありながら、世界共通の文化かもしれません。

またこの公演に同行された方からメッセージを頂きました。
(佐賀大学医学部医師)
素晴らしいです。欧米からのお客様も喜んだ事でしょう。
竹本先生はもう世界的に有名人なので、同じ佐賀県民として誇りに思います。

(他イベント主催者)
人形浄瑠璃は日本人でもなかなか鑑賞出来ないもので、貴重な体験させていただき感謝申し上げます。



 浜玉公民館事業 子ども体験教室 
(8月24日)
 
浜玉公民館での子ども体験教室は、夏休みの思い出づくりのためでしょうか、家族づれなど多くの参加者がありました。
中には昨年も参加してくれた子ども達もいて、あっという間の2時間でした。
はじめは人形や鳴物を間近に見たり触ったりして、伝統芸能を身近に感じてもらいました。慣れてくると人形使いや鳴物を鳴らしたり。子どもたちは興味深く体験していました。
子どもたちの頑張りを見ると、教える私たちは、心から嬉しくなり暑い日を乗り越えられるパワーをいただきました。
そして、付き添いをされたお父さん、お母さん、お祖母さん、お祖父さんの顔を見ると、愛情いっぱいに、そして一生懸命に子育てをされている様子が窺われました。
最後は、子ども達と一緒になって浄瑠璃を演じました。
子ども達は、夏休みの思い出のひとつになったでしょうか。少なくとも私たちは、子ども達から元気をいただき、ご家族の子ども達へ愛情を感じられ有意義な体験教室でした。
 ※下の画像をクリックすると公演の様子をご覧いただけます。



 唐津コミセン夏祭り 
(8月24日)
 
午前中の「浜玉公民館事業 子ども体験教室」に引き、続き唐津コミセン夏祭りに参加しました。
昼過ぎに激しい雨に見舞われ開催が危ぶまれましたが、夕方にはその雨はやみ屋外で開催するができました。
会場に到着すると、昨年、手伝ってくれた男の子3名が、声をかけてくれました。楽しみにしていたのでしょうか、この様な行事に参加し続けることの大切さを実感しました。
またそれを見ていたのでしょうか、女の子3名も手伝ってくれることになり、みんな頑張ってくれました。
手伝ってくれた子ども達には、感謝するとともに、夏休みの思い出づくりになってくれればと願うばかりです。
このように古くから伝わる伝統芸能に、子どもたちが興味を持っていただくことは、嬉しくもあり大事なことだと思いました。
この日は、子ども達に元気をもらい励まされた一日でした。



 夏フェス 三の丸」に出演して 
(8月17日 唐津市役所駐車場)
 

お盆が過ぎると暑さが和らぐと思っていましたが、残暑が厳しい日に開催されました「夏フェス 三の丸」に出演しました。
陽が沈むと暑さが少し和らぎましたが、昼間の暑さが籠る中、様々な催し物が繰り出されご来場いただいた多くの皆さんには、暑さを忘れて楽しんでいただいたようです。
鳴子太夫は、お盆が来るといつも昔の盆踊りを想い出すようです。
70年以上前、まだ唐津地方に炭鉱があった頃、多くの方々は365日働いていて、お盆だけが唯一の休日でした。
こんな時代に開催されていた盆踊りで、20代くらいの男性が、何かに取り憑かれたように、魂から一分の隙もなく踊られる姿が「運慶」「快慶」と重なり、その美しさ、力強さに心打たれたようです。
歌詞は、うろ覚えでありながらも「盆にゃ踊ろか、田の草取ろか、ヤートセ、ヤートセ」。 食べる物も満足になかった時代、労働で培われた見事な身体で踊る姿。それを盛り上げる歌や演奏。これらは「阿波おどり」へと繋がり、魅了された盆踊りを色褪せることなく強く脳裏に刻み込まれたようです。
そして、この風景が、鳴子太夫の芸能への関わりへの原点かも知れないと言っています。
このような情況の中、鳴物のスタッフが足らなかったので急遽、湊小学校の子どもたちの協力を得ながら、何とか演じることができました。このイベントを開催して頂いた主催者、スタッフに感謝申し上げます。
これからも、お盆という人の暮らしの節目に行われる行事を大切にしながら、心豊かな社会づくりのために活動をしてまいります。
※画像をクリックすると、当日の様子(一部)を動画でご覧いただけます。



 佐賀県知事への表敬訪問 
(8月5日)
 
ちょっと遅くなりましたが「ニューヨーク公演」でのお礼を兼ねて報告をするために知事へ表敬訪問を行いました。
当日は、知事の都合がつかず落合副知事に対応をしていただきました。
まず県庁を訪れるとウェルカムボードに驚きました。こんなに歓迎されると照れ臭いような、恥ずかしいような。
落合副知事には、唐津人形浄瑠璃保存会の発足からご支援していただき感謝しているところです。
そのためか、ニューヨーク公演の話には、関心を持たれ熱心に聞いていただきました。また日頃の私たちの活動の様子も訊かれ、あっという間に時間が来てしまい有意義なひとときでした。
最後に激励の言葉をいただき、これからの活動の励みにもなりました。




 国見歌舞伎保存会 
 結成30周年記念公演 


令和6年3月3日に開催されました「国見歌舞伎保存会 結成30周年記念公演」から歌舞伎「良弁杉の段」がご覧いただけます。
※ 下の画像をクリックして下さい。





 ニューヨーク公演を終えて 



ニューヨーク公演の始まりは、7年前の2017年(平成29年)。コロナ禍があり、今回で4回目となります。そのため馴染みのお客さんが沢山いらっしゃって、大変楽しみにしていらっしゃいます。
それを思うとニューヨーク ケネディ空港に到着すると、ワクワクドキドキ。心を落ち着かせるためにタイムズスクエア、ブロードウェイを散策。皆さまに喜んで頂くことを願い「神様、仏様」とお祈りしました。
その甲斐あり、公演は大盛況の中、無事に終えることができました。
馴染みのお客さんのおかげで、ニューヨークが私たちを「お帰りなさい」と暖かく出迎えてくれているようで、まるで故郷の家族の元に帰っているような心地で幸せいっぱい。温かく、心嬉しいニューヨークに感謝です。
レセプションでは、チェロを演奏されるという親子(かな?)などが、三味線(太棹)に興味を示され爪弾いたりされ、皆様と楽しい時間を過ごすことができました。
また公演に来てくださる日系人の方は、よく日本にいらっしゃるようで、今から一番近い、みつしま荘での慰問公演(7月開催)に観に来られるようです。
このような交流を通して、世界中が平和で、安全、安心に暮らせることを祈り、伝統芸能が微力ながらも貢献できるように精進していくことを誓った公演でした。

※ 画像をクリックすると公演の様子を動画でご覧いただけます。


  



「ニューヨーク公演」お世話になりました。(お礼)


この度の「ニューヨーク公演」に際し、日系人会館の館長さんはじめ、職員の方々に大変、お世話になり感謝申し上げます。
特にニューヨークに住んで50年になる会館職員の三上さん(ジャズピアニスト)には、音響や拍子木、舞台進行など舞台監督を努めていただきお礼申し上げます。
お客さまがニューヨーク公演を楽しみに待っていてくれて、心から楽しんで喜ばれた様子を感じられ、もったいないほど幸せな気持ちになりました。
若い方々からも「これからの人生が変わります」と仰ったことは、伝統芸能には、多大な力があると改めて思いました。
また「ニューヨーク公演」が始まった7年前から、経費のことを心配してくれたり、一カ所ではもったいないから、次はロサンゼルス、ニューヨーク、シアトルと三カ所でやりましょうと言ってくれたり、その心遣いには本当にありがとうございます。
このように素敵な方々が住んでいらっしゃるニューヨークは、素晴らしい所です。私たちにとっては、夢の国マンハッタンです。多くの民族が集まっていて、エネルギッシュで元気にしてくれます。
私たちが泊まったホテルの清掃係の方も、私たちを姉のように想われて、胸いっぱいの気持ちで、何度もハグしてきました。
末筆になりましたが、当初からずっとお世話をしていただいているニューヨーク在住の 五十嵐道子さまへのご恩は、筆舌に尽くせません。
「ニューヨーク公演」で多くの方からいただいた元気や思いやりに心からお礼申し上げます。




 ニューヨーク公演に向けて 


ニューヨーク公演が近づいてきました。
遥か遠いニューヨークで、多くの皆さまに待っていただいている有難さや幸せが、だんだんと強く心に沁みてきています。
この想いを感じると公演に向けた練習に、つい力が入ってしまいます。
また公演に際し、日系人会館の館長さま、事務局の宮北さま、そしていつもお手伝いをしていただいている方々に、もったいないほどのお心遣いをいただきこんなに嬉しいことはありません。
何よりも道子さまには、お母さまのことがご心配の中、まるでご自身の公演のように、身を尽くしていただき感謝でいっぱいです。
お陰をもちまして、公演は予約で満席になり、予約が取れなった方々に大変、申し訳なく存じます。
これからもみんなで練習に励み、来年も、そしてこれからもずっとニューヨーク公演が開催できるよう精進してまいります。
何よりも、世界中が平和で安全、安心に暮らしていけることを祈り続け、伝統芸能を通じて、微力ながらも貢献していくことをお誓い申し上げます。

※ 画像をクリックすると稽古の様子を動画でご覧いただけます。



 北原人形芝居での浄瑠璃指導 
(大分県中津市)


先日、鳴子大夫が、40年ぶりに中津市(大分県)にある北原人形芝居の稽古に行ってきました。
北原人形芝居は、毎年2月の第1日曜日に、原田神社で行われる「万年願」という行事で演じられる人形芝居です。
中津市は、40年の間、ダイハツの工場の進出を機に自動車関連工場が集積してくるなど都市化が著しく進み、40年前と大きく様変わり。活気に満ち溢れいます。
一方、北原人形芝居は、各地に伝わる人形芝居と同じように高齢化が進み、存続が危ぶまれています。
このような状況で
すが、小学校での取り組みや若い人が加わってきて元気を取り戻しつつあります。 この日は、様々な方に浄瑠璃指導をしました。その中の若い女性から「稽古中、鳥肌が立ち、感動しました」と言葉をいただき、その言葉に教える太夫も感動していました。
これからも太夫自らも精進するとともに、次の世代に一生懸命、稽古をつけてあげることで、伝統芸能が途絶えることなく引き継がれるよう努力してまいります。

※ 最上段の写真は「安珍清姫道行」で人形の一人使いされている古角さんです。



 福岡市公民館で小学生に浄瑠璃指導 


福岡市公民館で小学生に浄瑠璃の稽古をしてきました。
伝統芸能の存続が危ぶまれている中、このような若い世代が興味を持ってくれることに感謝するとともに、教える側に元気をもらいました。
これからも若い方々が興味を持っていただけるために、その期待に十分に応えられるように努力してまいります。

※ 画像をクリックすると稽古の様子を動画でご覧いただけます。



 Ningyo Joruri New York performance 
 ニューヨーク公演のチラシです 

※ 画像をクリックするとチラシをご覧いただけます。

Summary of Tsubosaka Reigenki
Sawaichi lived a poor but happy life with his wife Osato, who was three years younger than him. Because Sawaichi was blind, he taught shamisen, and Osato did side work, leading a very modest life.
But one thing began to worry Sawaichi. This was because Osato would sneak out of bed every night at four in the morning When he asked her if it was the man she loved, Osato told him that she had been making morning. pilgrimages to the Kannon Bodhisattva at Tsubosaka-dera Temple for the past three years, hoping that Sawaichi's eye condition would be cured.
Feeling ashamed of himself for having doubted her, Sawaichi decided to visit the Kannon Bodhisattva together, but in his heart he blamed himself for the misfortunes that Osato was leading. So he sent Osato home and threw himself off a cliff to set her free.
Feeling an ominous premonition, Osato hurriedly returned, only to be confronted with a terrible reality and throw himself off the cliff himself. However, through the power of the Kannon...

壷坂霊験記のあらすじ
沢市と三つ下の女房お里とは貧しいながらも仲睦まじく暮らしていた。沢市は盲目ゆえ琴三味線を教え、お里は内職というなんともつつましい暮らしであった。
そんな沢市の胸中に一つ不安が生まれていた。というのも午前四時になると、お里が毎晩床を抜け出していたからだ。
「もしや好きな男が…」と問いただすと、お里は沢市の目の病が治るよう、この三年もの間欠かさず壷阪寺の観音様に朝詣でをしていると訴える。
疑った自分を恥じる沢市はともに観音様にお参りすることにしたが、心の中は盲目がゆえに不遇な暮らしをさせているのだと自分を責める。そして、一度お里を家に帰して、お里を自由な身にしてやろうと自分の身を谷に投げてしまうのであった。
不吉な予感であわてて戻るお里は、非常な現実に遭遇し、自らも身を投げてしまう。
しかし、二人のせつない夫婦愛が、観音様の霊験により奇跡が起こり、沢市・お里は助かり、沢市の目が開眼した。



 本應寺「花まつり」公演 
(4月25日)


本應寺(嬉野市)での「花まつり」の公演には、たくさんの方々に心から楽しんでいただきました。
本應寺のご住職やスタッフの皆さまには、心温まるおもてなしをしていただくとともに、お釈迦様の誕生の祝いに公演をさせていただき感謝申し上げます。
公演後には、お抹茶のご接待もいただき心安らぐ贅沢な一時を過ごすことができました。
いつも公演では、鳴子太夫が太夫なりの話をしています。話の内容は前もって資料を読んだり、昔を振り返ったりなど準備をすることなくその時の雰囲気で話をしています。
この公演では、浄瑠璃はどんな時代にあっても、その時の人々が苦労を重ね伝承してきたからこそ、今に至っても色褪せることなく浄瑠璃が起こって来てるのかもと、自分でも 思いがけない言葉が出たことのこと。
この話に、ご高齢の坊守さま始め、ご来場の皆さまに「話しにも感動しました」「とても良かったです」と、仰っていただき、恐縮するとともに嬉しく思ったとのことでした。
また、出演したスタッフも「人形浄瑠璃に涙され、鳴子太夫の話にドッと笑ったり、お客様さまの喜びの様子に私も喜びました」とのこと。
この公演は、お釈迦様の誕生の祝いなのに、お釈迦様からご褒美のような時間をいただき有難い公演でした。
ところで、この公演では、最も若い堀内さんが舞台に上がることから、全身から迸る緊張と喜びが溢れ出て、その感情が私たちに伝わってきました。
年高のメンバーにとっては、若さの素晴らしさと感じるとともに、大きな力を頂きました。
この力を活かすためにも、初心忘れることなく、おごらず謙虚に芸道に精進していくことを改めて心に念じた公演でした。
この気持ちを次回のニューヨーク日系人会館公演(6月25日)に向けて頑張ってまいります。

※ 画像をクリックすると公演の様子を動画でご覧いただけます。



 鳴子太夫の独り言 
みつしま荘公演(7月19日)


 「みつしま荘」には5年ほど前に、娘のお義父さまがいらっしゃったご縁で慰問させて頂きました。
その後、何度もご依頼を受けていましたが、コロナ禍により日常が奪われ、縁遠くなってしまいました。
長い月日を要しましたが、やっと慰問ができるようになりました。
まつら荘やめずら荘等に、私のつれあいがデイケアやショートステイ等でお世話になっており、施設でお世話になっている仲間とともに、慰問を楽しみにしているそうです。
これからも保存会のメンバーと共に、私たちを楽しみに待っていている方々に、喜んでいただけるように頑張ってまいります。




  クルーズ船「ル・ソレアル」公演
 令和6年4月2日(於 九品院) 



3月末に開花が発表され桜が、4月のなったとたんに満開になりました。春うららのこの時節に、海外からのお客さまに人形浄瑠璃を披露させていただきました。
会場は「九品院」の本堂。この本堂は江戸時代に建立され、唐津市内で最古のものと言われています。
このような状況で披露させていただいた人形浄瑠璃は、観る者の心を鷲掴み。大興奮のなか持参のカメラやスマホで撮影するなど大盛りあがり。
住む世界の文化が違っても、古い時代から脈々と伝わる異なった文化を楽しめることは、伝統文化には国境がないと実感しました。
この盛況ぶりと陽気で、体調が思わしくなかった鳴子太夫がすっかり元気になりました。 またこの日に、新入社員ならず「初舞台」となったスタッフがいて、新年度にふさわしい公演となりました。
これからも世界中の方に楽しんでいただける伝統文化を通して、平和な社会の実現に貢献していきます。




 能登半島地震災害義援金 
 ご協力ありがとうございました 


皆さまから頂いた「能登半島地震災害義援金」を社会福祉法人 唐津市社会福祉協議会に届けてきました。
この義援金は、日本赤十字社を通じて能登半島地震災害の被災者に配分されることになています。
被災者の避難生活は3ヶ月になりますが、元の生活に戻るにはまだ多くの時間と費用が必要とされています。この義援金が、些少ながら役に立つことができることを願うばかりです。
改めて、被災された方々にお見舞い申し上げますとともに、義援金にご協力いただいた皆さまにお礼申し上げます。

※ 画像をクリックすると唐津市社会福祉協議会の記事をご覧いただけます。




 国見歌舞伎30周年公演において 


3月3日に開催されました「国見歌舞伎30周年公演」(大分県国東市)に、朝日新聞の中津支局長が取材に来て下っていました。
中津市とは40年ほど前にご縁があり、よく指導に行っていました。その時のことが思い出され懐かしく、有難く、嬉しい気持ちになりました。
中津市には「北原人形芝居」があります。この人形芝居の始まりは、鎌倉時代と言われています。
現在は地元の小学校でクラブ活動の一つに取り上げられていて、地域をあげて保存活動が行われています。
このように地域に伝わる伝統芸能はいたる所にあり、国民の財産です。この財産を将来にわたって継承するために、多くの方々と共に頑張ってまいります。





 筥松会館公演(福岡市東区)
 令和6年3月9日 


筥松会館(福岡市東区)で開催されました、今津人形芝居(福岡市西区)の子どもたちによる人形浄瑠璃の公演に参加しました。
大人から子供までが見守る舞台で、今津小学校の子どもたちは大活躍。
演じられた演目は「阿波鳴門」。
どの公演でも必ずと言っていいほど、自分の人生と重なり合わせてご覧いただている方がいらっしゃいます。
親がいなくて育った過去を振り返り、頑張ってきた自分を顧みて労わるかのように「また頑張って行きたい」と元気よく仰っていただくことがあります。
この言葉に、私たちまで力をいただいた気になり、大変ありがたく嬉しいことです。
今津人形芝居は、江戸時代後期に若者の善導のために操人形を取り入れられたのが、始まりと言われています。
今日まで200年もの歴史の中で、幾多の衰退の危機など紆余曲折を経て伝えられてきています。
この長い時代を乗り越え引き継がれてこられたことを想い子どもたちの演技を観ると、これまで携わってこられた先輩諸氏の皆さまの努力に胸いっぱいになり感無量でした。 またこの甲斐あって今津人形芝居は、県の無形民俗文化財に指定されています。
唐津の人形浄瑠璃は今津人形より以前からあり、長崎の皿山人形に一座分の人形一式を売り渡すまでは、人形芝居をやっていました。このことは文献に残っています。
私たちは、地域に芽生えていた歴史ある文化を甦らせ、豊かな感性と潤いのある地域を目指すために、まずは県の文化財に指定されるように頑張ってまいります。
今後とも、皆さまのご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。




 国見歌舞伎30周年公演(大分県国東市)
 令和6年3月3日 


公演には、高齢者を中心に多くの方にご来場していただき、用意されていた席が満席になり新たに100席もの椅子を増やすほどの大盛況でした。
主催者の「国見歌舞伎」の皆さんを始め、日本の伝統芸能をご贔屓してくださっている多くの方々にお会いすることができ、本当に有難く感動することばかりでした。
神様と仏様が御座します国東半島は、30年以上のお付き合いがあり、鳴子太夫をはじめ保存会にとっては第二の故郷です。この地で公演をさせていただくことは、光栄なことでありこの上ない喜びです。
しかし、日本古来の伝統芸能の現状は厳しく、後継者が少なく、これに伴い高齢化が進展するとともに、活動資金が不足している状況です。
そのために、国見歌舞伎が残念なこととなり、他の地域でも同じような運命をたどるような状況です。
そんな中、国東市長がこの公演の全演目ご覧になり「これから、国東市が応援します」と力強いお言葉を仰って頂きました。
鳴子太夫にとっては国東市は特別の地であり、亡くなられた方々始め多くの方からご贔屓していただいており、涙と笑顔でごあいさつを頂きました。このことが本当に嬉しくて「 義太夫語りになって、幸せだなぁ」と呟くほど。おかげで胸いっぱいになり、身体までが活性化したようでした。
国見歌舞伎の皆さん、国東市長をはじめ、多くの市民の方々に感謝申し上げますとともに、末永いご縁を賜りますようお願い申し上げます。

※ 画像をクリックすると公演の様子(一部)をご覧いただけます。




 国東半島にて 



国見町は国東半島の北部に位置し、北に瀬戸内海、南に温泉が湧きでる山並みがあり、古い歴史もあり国見歌舞伎は200年の歴史を誇っています。現在は、平成18年の3町の合併により国東市になっています。
このような国見町にあります国見歌舞伎保存会とは、歌舞伎三味線の指導を通して、30年間のご縁があります。
この30年の間も行き来したにも関わらず、観光をしたことはなく、今回、初めて寄り道しました。
場所は、日本一の夕陽を誇る「あわしま公園(豊後高田市)」です。この公園の先には、海に突き出た岩窟に社が設けられているという全国的にも珍しい「粟嶋社(あわしましゃ)」があり縁結びの神様と言われています。
そのため、ここに向かう道路は「恋叶うロード」になっていて、若い方達の人気スポットになっているようです。
国東半島には、粟嶋社だけではなく多くの神社仏閣があり、病気の平癒、子宝祈願にたくさんの方がお参りに訪れていて、病気等で本人が行けない時は、肌着など預かった代理の方が祈祷することもできるようです。
しばらくすると気持ちが良い季節になります。歌舞伎はもちろん、国東半島の自然や歴史に触れるために、ご家族づれで国東半島に出かけてみませんか。

※ 国見歌舞伎保存会 30周年記念公演
 3月3日開催 国見町生涯学習センター





 ゆめさが大学唐津校講演 
 令和6年2月20日 



ゆめさが大学は、シニア世代が学びと交流を通して、生きがいを持って社会活動への参加を促すとともに、地域社会を担う人材として活力とうるおいに満ちた長寿社会の実現を計ために開校されています。
この講演は、ゆめさが大学唐津校の大学院生を対象とした講演でした。
「講演」と言っても「公演」を主としたもので、聞くだけではなく観て楽しんで頂けるものでした。
その甲斐あって、受講者の皆様には「最高で、楽しく、楽しく、良かった」と大変、喜んで頂いたようです。しかも令和5年度の最後の講義ということもあって、思い出の一つになって頂けたものを思っております。
これも人形の力、そしてこれを演じる者の努力の賜物であって、唐津人形浄瑠璃保存会の方々に感謝いたします。







 佐賀市勧興公民館での公演 
 令和6年2月16日 



佐賀市勧興公民館での公演は、多くの方々に鑑賞していただきました。
1時間半の公演時間でしたが、本当にあっという間の公演でした。もっと見たかったと、おっしゃっていただけました。
またなかには阿波鳴門の場面で涙ぐむ方がいらっしゃるほど、大変楽しんで頂いていると実感できました。
演じる私たちまで、嬉しくて感動してしまい、、本当に楽しい公演でした。
演じている者は、人形を操作するだけではなく三味線も弾くことができ、日頃の練習の成果が出ていると、この公演で確かめることができました。
また舞を披露した面谷は、高齢にも関わらず毎日フル回転で仕事をこなしながら舞を精進。この公演でも日頃の仕事の疲れは全く見せられずに舞い、その可憐さは観て頂いた方に感動を与えているものと思っております。
これからも、唐津人形異浄瑠璃保存会は、多くの方々に元気と感動をお届けするために努力してまいりますので、ご支援、ご協力をお願い申し上げます。





 国見歌舞伎30周年公演に向けて 
 令和6年3月3日 

国見町(大分県国東市)には。200年以上前から農村の娯楽として「歌舞伎」が親しまれています。しかしこれまでの間、高齢化や人口減少により伝統芸能である「歌舞伎」の存続が危ぶまれました。この現状を憂う勇志たちにより保存活動が始まり、30年が経ちました。
これを記念して「国見歌舞伎保存会 設立30年記念公演」が開催されます。
国東半島は、神仏習合の風土が色濃く残りとても素朴なところです。訪れるの猪は、自分お故郷のように懐かしく感じられ、そこに暮らしていらっしゃる方々がとても温かく、その暮らしぶりは自然と共にあります。
これから先、この地域に伝わる文化を末長く継承していけるように。唐津人形浄瑠璃保存会は応援していきます。
※ 上の画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。

 国見歌舞伎保存会 会長 益田孝光 氏からのメッセージ 


こんばんは。
鳴子太夫ありがとうございます。
唐津人形浄瑠璃保存会の皆様、国見歌舞伎保存会の益田でございます。
このたび30周年記念公演ということで、花を添えて頂きたく皆様の御厚意にすがりまた、ご無理をお願いしております。
道中なごうございます。
どうぞ、お気をつけてお越しください。
また、25日は鳴子太夫、鳴美さん、総ざらい宜しくお願い申し上げます。 皆様のお越しをお待ちしております。

※ 上の画像をクリックすると拡大してご覧いただけます。



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唐津人形浄瑠璃保存会 事務局
〒847-0814 唐津市弓鷹町1396
牟 田 真 美
TEL 0955-74-0716

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